春の訪れと共に我がコミュニティも、皆様方のご理解とご支援によりまして、活動の始まりを迎えることができました。
本コミュニティは、全員参加による運営をモットーに数々のディスカッションを繰り返しながら、一つ一つに思いを込めて決定を見ています。
「広く会議を興し、万機公論に決すべし」とは、徳川幕府から明治維新へと日本が大きく変動したときの「五箇条のご誓文」の一節で、これまでの日本の体制から大きく変わったという印象を与えてくれる有名な言葉です。
しかし、これまでの徳川幕府の体制も決して独裁ではありませんでした。しかし独裁という名の下にその権力を傘に、政治を行ってきたことに問題があって、執行部が会議をして政治決断をしてきたのは、徳川の時代も同じだったのです。また第2次世界大戦に突入していったときの日本もまた同様で、それまでの天皇制も決して独裁ではなかった。独裁の名の下の合議制は、本当の独裁よりも始末が悪い。何故なら本当の責任者に責任が及ばない体制が、独裁と合議制の是非を説く前に、最も危険な体制なのだということを知らなければなりません。
小さなコミュニティにおいても、日本を左右する国会という政治の世界においても、リーダーシップと民主制とのバランスというものに、これという答えを見出しかねているのが現状です。
誰もが自分たちが構成する社会の展望にビジョンを持ち、そのビジョンへと向かう提案に、責任をもつという大前提があってこそ民主主義が成立する。
全員参加型というのは大変耳障りのいい言葉です。しかし極めて危うい運営体制であることなのです。日本国民が一丸となって、戦後の貧しさからの脱却を夢見てがむしゃらに勉強して、高学歴社会を作った。その高学歴社会になった今、誰もが一丁前の意見を生意気に言うようになった。しかし意見を言うための前提条件を兼ね備えてなく、無責任極まりない。無責任に意見を言うことを自由だと勘違いしている。
本コミュニティが挑んでいる全員参加型の運営とは、会員誰もがこの社会の将来に対するビジョンを持ち、提案や意見を言うにはそれなりの責任をもつということでなくてはなません。それに最も重要なことは、そんな責任の重いことなら、意見を言うのはよそうという卑怯なことは、許されないことであり、許してはならないということなのです。
以上のようなコンセプトに対する認識を新たにして、来るサーキットのセカンドシーンを更に充実したものとして、展開することを心から喜びとするものであります。
関係各位のご協賛並びにご支援に対して、心から感謝申し上げます。